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心に響いた言葉②

大学時代には、たまたまきれいに撮ってもらった自分の写真をアルバムの1ページ目に貼り、「何十年後かの真理子さんへ。十九歳の貴方を見て、今の貴方はどう思いますか。」と書いていたものです。まあロマンティストと言ってしまえばその通りのお恥ずかしい話なんですけど。人生は常に流れているけど繋がっている、年を取った自分は十九歳の自分を見て、ある種の満足感を持っていなきゃいけない、「昔は良かった」と過去を懐かしむような自分にはならないぞ、という決意を込めていたんですね。未来の自分は、「今の私が一番幸せ」と、いつも思っている自分であってほしいというメッセージを託していました。

私は常に、何十年後かの自分を、より具体的に想像していました。

努力が報われない時代とさえ言われる今であっても、未来の自分を想像しながら、決して投げやりな気持ちにはならないでほしい。シビアに将来の自分の姿を見据えながらも、同時に自分を信じて、幸福な自分の未来を想像してほしい。すると、そのためには何かをしなければならないという気持ちが、自然に湧き上がってくるのです。

これが私の好きな言葉「新規まき直し」の最初の体験です。
何か気に入らない状況があったら、それをすっかり取り払うために、具体的なアクションを起こしてみる。手段はどうであれ、自分の力で自分の進路と人生を変えることができたことは、その後の私の大きな自信になりました。

結局、自分を救えるのは自分しかいない、ということも私に教えてくれたのです。

人生のリセットは何度でもできるんです。でも、自分でないとできない。新規まき直しに一度成功していたから、自分を信じて馬力を出せたということもあると思います。新規まき直しを繰り返すと、さらに自信がついてくるんです。

小さな成功体験を大切にする

自分を信じるということは、他人が自分をほめてくれた言葉を信じるということでもあると思うんです。

かつて私が叩かれたのもテレビの影響がずいぶん大きかったわけですが、今振り返れば、デビュー当初には単に有名人になりたいだけの女の子だった私を、物書きの仕事に専念しようと決意させ、作家という転職へと導いてくれたのもテレビでの経験だったように思います。
道に迷いこむことによって逆に、自分が本当に進みたい道がはっきりと見えてくるということは多いのではないでしょうか。チャンスがあれば、まずは挑戦してみる。そこで駄目だったら、では自分は何がやりたいのかを突き詰めて考えてみるのです。
人に否定されたら、悔しい気持ちをパワーに変えてしまいましょう。凹んでいるだけでは、悪口を言った憎たらしい相手の思うツボではありませんか。今に見てろよ、と思う打たれ強さを意識的にでも持ちたいものです。

私は、直木賞以降の年月を自ら「失われた十年」ということも多いのですが、何はともあれ、絶対に全てを芸の肥やしにしてやる、と思って努力し続けていると、実は後で一番胸を張れる期間になっていたりします。例えば仕事で干されたり、辛い時期に入っている人も、苦難は次へのステップだと信じて、どうか頑張ってほしい。

人間が成長するのは、なんといっても仕事だと思うんです。仕事とは、嫌なことも我慢して、他人と折り合いを付けながら自己主張していくことでもある。ずっとその試練に立ち向かい続けている人は、人間としての強さも確実に身に付けていきます。

結婚すると何が良いかというと、もちろん安らぎはあるし、自分を守ってくれる。そして何よりも、お互いの全人格を引き受けて責任を持つ「チーム」を一緒に組む相手がいるということ。大して面白くもあいことを言い合う、日常会話をできる相手がいるのは、幸福なことです。
それに、男の人ならではの物の見方や思考が、自分の不足を補ってくれるということもある。女性はどうしても情緒的に物事を考えてしまいがちですが、自分が何かを悩んでいたりする時に、ポロッと正解を出してくれるのが男性のごくごく常識的で社会的な考え方だったりします。

幸福というのは、その人の体型や体力と比例するものではないかと。体型を野心、体力を向上心と言い換えてもいい。体重四十キロの人は、ご飯を半膳食べれば十分でしょうが、八十キロの人は二杯食べなければ満足できず、おやつに果物やお菓子をほしがることだってあるでしょう。そうして太れば太るほどさらに食欲が増し、食べる量が増えていく。
誰もが欲望をダイエットする中で、よくばりデブの大食漢は、日々肥大化する願望に悩み、時には自己嫌悪に陥り、もっと幸福になれないのかと焦ります。その苦しみから逃れるためにさらに行動範囲を拡げ、おいしい食べ物がいっぱいあるところを探していく。
大食漢の誇りを持って、大きな幸福を追い求めていくのが私の人生です。みなさんも、ご飯を食べる量を少し増やして、欲望のデブ道を共に歩んで行こうではありませんか。

田舎で生まれ育った器量も頭も悪い女の子が、どうしてこんなに人並み外れてよくばりで野心を持つ人間になったのかと言えば、それは「妄想力」のなせる技なのではないかと思います。

妄想力は野心のバネにもなる。

妄想は自分の脳内だけにとどめておくことが大切です。

妄想力を鍛えるためには、なんといっても本を読むことです。辛いときには、空想の中で遊んだり、物語の世界に逃げ込むことだってできる。

年齢を重ねていくと、野心の飼いならし方もだんだんわかってきます。他人のことは気にならなくなってくる。ひたすら自分の中に向かってくるんです。もっと良い仕事をしたいということだけになり、野心が研ぎ澄まされていくわけですが、自分との戦いほどつらいことはない。しかし、若いうちから野心を持って訓練していれば、その辛さに立ち向かえる強さも鍛えられているはずです。 そして、挑戦してたとえ失敗したとしても、世の中はほどほどの不幸とほどほどの幸福で成り立っていると達観する知恵者の域にまで達することができれば、もはやそれは「不幸」ではない。野心の達人がいたる境地と言っていいでしょう。

人生に手を抜いている人は、他人に嫉妬することさえできないんです。

頑張っている人だけが抱くことのできる「健全な嫉妬心」は全く悪いことではないと私は思います。それはむしろ宝物、自分が努力してきたことへのご褒美なのです。

コマ切れの隙間の時間をどう過ごすかで、生き方さえも決まってくると思います。

また、結婚してから早起きになったことは本当に良かったと思っています。

一晩ぐっすり眠ったら、少々嫌なことを忘れ去る能力は大事です。野心を持つと、新規まき直しをしたり、毎日、気分をリセットしなくてはならないことが大なり小なり生じてくる。落ち込むようなことがあったら、とにかく寝てしまいましょう。くよくよしないでベットに直行。そして、朝日を浴びた新しい頭で考えてみる。

人生は山あり谷あり。しかし、運気と友人は貯金できるものなんです。

自分はこういう人生を送りたいという目標を決めたら、歯を食いしばってでも頑張ってみることです。
野心が山登りだとすると、少し登り始めると、頂上がどんなに遠いのかが分かってくる。少しクラッとするような場所まで来て、下を覗いてみると、登山口の駐車場ではみんなが無邪気にキャッキャッ楽しそうに群れている。でも、自分はぜったいその場所にもう降りたくないと思う。自分はこの先、あの高い所まで登れるんだろうかという不安を常に抱えながら、ズルズルと下に落ちたくないから常に手を抜けない。

なぜ、わざわざつらい思いをしてまで山登りを続けるのでしょうか。それは、必死で登ってきた場所から見る景色があまりに美しく、素晴らしい眺めを自分の力で手に入れて味わう満足感と幸福をすでに一度知ってしまったからです。そうなったら最後、もっと美しい景色が見たい、もっと満足したい、もっと幸福を味わいたい、と、さらに上へ上へと登りたくなる。

平地で遊んでいる人間には一生見えない美しい景色、野心を持って努力した人間だけが知る幸福がそこにはあります。もちろん辛い試練だって待っているかもしれないけれど、やすぃんという山を登ろうとする心の持ちようで、人生は必ず大きく変わってくる。チャレンジしたからこそ初めて手に入れることのできる、でっかい幸福が待っている。
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プロフィール

 hiromisa

Author: hiromisa
関東在住。
・夫(ジョニー)
・私(hiromisa)
・娘(coco)…2008年7月31日生まれ
の3人暮らし。
coco(娘)は先天性心室中隔欠損症をもって生まれ、2009年2月2日に心内修復手術(心室中隔欠損孔パッチ閉鎖)を受けました。

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