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こころに響いた言葉①

先日読んだ本、林真理子さんの“野心のすすめ”より。

世間で「野心」といえば、腹黒かったり身の程知らずであつかましいイメージが先行していますよね。「野心家」となると、もうほとんど悪人扱いです。実際に、辞書で「野心」を引いてみました。まずは「人に馴れ服さないで、ともすれば害しようとする心」「身分不相応な大きな望み。野望」(『広辞苑 第六版』)という定義が並んでいます。
 三番目が「大きな飛躍を望んで、新しいことに大胆に取り組もうとする気持ち」です。有名なクラーク博士の言葉「少年よ、大志を抱け」(Boys,be ambitious.)の「大志」の意味。私が本書で提唱したい「野心」も同じく、「もっと価値ある人間になりたい」と願う、とても健全で真っ当な心のことです。

人は自覚的に「上」を目指していないと、「たまたま」とか「のんびり」では、より充足感のある人生を生きていくことは出来ないのです。
 なにも富士山を目指しましょう、とは申しません。谷川岳くらいでいいんです。そうして初めて、手頃なハイキングコースの人生を登っていけるようになる。最初から谷川岳も目指さず、高尾山ぐらいでいいやとぼんやり思っていたら、登山口の駐車場でずっとウロウロしている人生を送ることになります。
自分の身の程を知ることも大切ですが、ちょっとでもいいから、身の程よりも上を目指してみる。そうして初めて選択肢が増え、人生が上に広がっていくんです。

野心がうまく回り始めると、「強運」という嬉しいおまけがついてくるのです。

健全な野心を持つための第一歩は「現状認識だ」だと思います。今の自分は果たして楽しい人生を送っているのか、楽しくないのか。自分に満足しているのか、満足していないのか。それを自覚するのはとても重要なことです。

屈辱感は野心の入口なのです。
悔しいと思った時点で、「やっぱりあいつは必死で勉強していたから東大に入った」とか、努力をした人には努力をしたなりの見返りがあるという事実を認識できるか。その時点での自分の敗北を認めることができるかどうか。

若いうちに悔しい思いを経験することは、きっと一生の財産になるはずです。

自分が少しでも不幸だと思うなら、その不幸が何なのかを突き詰めて考えると必ず答えが出てくるはずです。
現状が嫌だと思ったら、とことん自分と向き合うこと。

私は東京に出てくる時、母からこう言われました。
ーお金がないのと忙しさで、あなたには十分な躾ができなかった。何も与えられなかった。ただひとつ教えておくけど、自分は何も持っていないということは知っておきなさい。自分が育った家が普通だと思ったら、世間に出て恥をかく。お前が育った家は、がさつで、みっともない、特別な家なんだ。マナーも何もなっていないのだから。この先、何かあれば自分の力で勉強してやっていくように。

「無知の知」とはソクラテスの有名な教えですよね。自分が何も知らない、ということを知っている人間は、自分が無知であることを自覚していない人間よりも、もっといろいろなことを知りたい、学ばなければならない、と思える点で勝っているのです。

このまま布団をかぶって寝てしまいたくなるほど、消したい過去はいっぱいあります。

なんといっても、私のモットーは「やってしまったことの後悔は日々小さくなるが、やらなかったことの後悔は日々大きくなる」です。

取り返しがつかない、という意味では、やったこともやらなかったことも同じです。やってしまった過去を悔やむ心からはちゃんと血が出て、かさぶたができて治っていくけれど、やらなかった取り返しのつかなさを悔やむ心には切り傷とはまた違う、内出血のような痛みが続きます。内側に留まったままの後悔はいかんともしがたいものです。

「今のままじゃだめだ。もっと成功したい」と願う野心は、自分が成長していくための原動力となりますが、一方で、その野心に見合った努力が必要になります。野心が車の「前輪」だとすると、努力は「後輪」です。前輪と後輪のどちらかだけでは車は進んでいけません。野心と努力、両方のバランスがうまく取れて進んでいるときこそ、健全な野心といえるのです。

野心を持つことができる人とは、どのような人なのでしょうか。
それは自分に与えられた時間はこれだけしかない、という考えが常に身に染み付いている人だと思います。

人生を俯瞰で見るということは、一生の儚さを知ることであり、自分に残されている時間をシビアに、かつ明確に意識することでもあります。

人の一生には、ほんの短い時間しか与えられていません。どのように生きていくかということを真剣に考えるのは、充実した人生を送るために不可欠なことだと思います。

たまには気前よく、観たいものを観に行ったり、自分に投資することは必要ではないでしょうか。せこい人にはせこい人生が待っているのです。

運というのは一度回りだしてくると、まるで、わらしべ長者のように、次はこれ、その次はこの人、と、より大きな幸運を呼ぶ出会いを用意してくれるのです。しかし、ここで忘れてはなりません。空の上から自分を見ている強運の神様の存在を。強運の合格点を貰うには、ここぞというときに、ちゃんと努力を重ねていなければならいことを。
その「ここぞという機会」を自分で作り出すのが、野心です。私が強運だといわれているのも、次々といろんなことに挑戦し続けてきたからだと思います。
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プロフィール

 hiromisa

Author: hiromisa
関東在住。
・夫(ジョニー)
・私(hiromisa)
・娘(coco)…2008年7月31日生まれ
の3人暮らし。
coco(娘)は先天性心室中隔欠損症をもって生まれ、2009年2月2日に心内修復手術(心室中隔欠損孔パッチ閉鎖)を受けました。

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